小学生でも分かる特許法 / C. 特許権の効力・実施権・侵害 #28
「この製品は特許の範囲に入るのか」。侵害かどうかを決める最初の問いです。第70条は、特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定め、明細書・図面は用語の意味を解釈するために考慮し、要約書は考慮しない、というルールを定めています。
LEVEL 1イメージでつかむ
「私の土地はここまで」の看板
第36条の記事で、出願書類のうち特許請求の範囲は「ここからここまでが私の発明です」という看板だ、という話をしました。特許になった後、この看板が「特許権の効力が及ぶ範囲」を決めます。
誰かの製品が特許を侵害しているかどうかは、その製品が看板に書かれた範囲に入っているかで決まります。明細書(レシピ)にすごいことが書いてあっても、看板に書いていなければ、その部分は権利になりません。
【図1】技術的範囲の決め方。基準は特許請求の範囲、明細書・図面は解釈の材料、要約書は使わない。
言葉の意味は、レシピを見て決める
看板に「A」と書いてあっても、「A」が何を指すのか分かりにくいことがあります。そのときは、明細書(レシピ)や図面を見て、「この出願でいうAとは○○のことだ」と解釈します。
- 特許権の範囲(技術的範囲)は、特許請求の範囲に書かれた内容で決まる。
- 言葉の意味は明細書・図面を見て解釈する。要約書は使わない。
※言葉どおりでなくても侵害になる場合(均等論)、特許庁に判断を求める制度(判定)などは、正確には条件があります(→レベル2・レベル3)。
LEVEL 2条文の骨格
特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。
2
前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。
3
前二項の場合においては、願書に添付した要約書の記載を考慮してはならない。
| 項 | 役割 | 意味 |
|---|---|---|
| 第1項 | 基準 | 技術的範囲=特許請求の範囲の記載に基づく。明細書に書いてあるだけの発明は権利範囲に入らない(クレーム基準の原則) |
| 第2項 | 解釈の材料 | 特許請求の範囲の用語の意義は、明細書の記載と図面を考慮して解釈する(平成6年改正で明文化) |
| 第3項 | 除外 | 要約書は考慮してはならない(要約書は検索用の技術情報であって権利範囲を画するものではない。第36条第7項参照) |
〔表1〕第70条の3つの項。
flowchart TB
A["被疑侵害品・方法(イ号)"] --> B["特許請求の範囲を構成要件に分説(A+B+C)"]
B --> C["各構成要件の用語を明細書・図面を考慮して解釈(第70条第2項)"]
C --> D{"イ号は構成要件A・B・Cをすべて充足するか"}
D -- "すべて充足" --> E["技術的範囲に属する(文言侵害)"]
D -- "一部を充足しない" --> F{"均等の5要件を満たすか(判例)"}
F -- "満たす" --> G["技術的範囲に属する(均等侵害)"]
F -- "満たさない" --> H["技術的範囲に属しない"]
style E fill:#FDEDED,stroke:#B23A3A,color:#22303F
style G fill:#FDEDED,stroke:#B23A3A,color:#22303F
style H fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
【図2】技術的範囲の属否判断の流れ。均等論は条文にはなく判例法理(→レベル3)。
- 第1項:特許請求の範囲の記載が基準。第2項:明細書・図面で用語を解釈。第3項:要約書は考慮しない。
- 判断の手順は、構成要件に分説→用語解釈→充足性。文言で外れても均等論の余地がある。
LEVEL 3要件・例外・試験での問われ方
1. 均等論(最高裁平成10年2月24日判決〔ボールスプライン事件〕)
特許請求の範囲の文言と異なる部分があっても、次の5要件を満たせば、その製品は特許発明の技術的範囲に属するとされます(判旨の要旨)。
| # | 要件(要旨) | 性格 |
|---|---|---|
| ① | 異なる部分が特許発明の本質的部分ではないこと | 積極的要件(特許権者が主張立証) |
| ② | 異なる部分を対象製品のものと置き換えても、特許発明の目的を達成でき、同一の作用効果を奏すること(置換可能性) | |
| ③ | 置き換えることを、当業者が対象製品の製造等の時点で容易に想到できたこと(置換容易性) | |
| ④ | 対象製品が、特許発明の出願時の公知技術と同一または当業者が容易に推考できたものでないこと | 消極的要件(相手方が主張立証) |
| ⑤ | 対象製品が、出願手続で特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと |
〔表2〕均等の5要件。第1要件(本質的部分)の判断方法と第5要件(意識的除外)の詳細は、最高裁平成29年3月24日判決〔マキサカルシトール事件〕および知財高裁大合議判決で示されている。
2. クレーム解釈の主な論点
| 論点 | 整理(一般的理解) |
|---|---|
| 明細書による限定解釈 | 第2項は「用語の意義の解釈」に明細書を用いるもので、明細書の実施例に権利範囲を限定する趣旨ではない。ただし用語の意味が一義的でない場合や、明細書で用語を定義している場合は明細書に従う |
| 出願経過(包袋禁反言) | 出願人が審査で述べた主張・補正と矛盾する解釈は許されない(均等論の第5要件にも現れる) |
| 機能的クレーム | 機能・作用で特定された構成要件は、明細書に開示された構成とその均等物に限定して解釈される傾向(裁判例) |
| プロダクト・バイ・プロセス・クレーム | 物の発明の技術的範囲は、製造方法にかかわらず「その製造方法により製造された物と構造・特性が同一の物」に及ぶ(最高裁平成27年6月5日判決〔プラバスタチンナトリウム事件〕) |
| 公知技術の参酌 | 公知技術と同一の部分まで権利範囲に含めるような解釈はしない(均等論第4要件、第104条の3の抗弁) |
〔表3〕クレーム解釈の論点。いずれも裁判例の集積によるもので、判決文で確認する。
3. 判定(第71条)
| 項目 | 内容(要旨) |
|---|---|
| 何を | 特許発明の技術的範囲について、特許庁に判定を求めることができる(第1項) |
| 誰が判断 | 特許庁長官が指定する3名の審判官(第2項) |
| 効力 | 法的拘束力はない(鑑定的な意見)。決定に対する不服申立ては不可(第4項) |
| 使いどころ | 侵害訴訟の前に、特許庁の見解を得る。裁判所は拘束されない |
〔表4〕判定制度(第71条、要旨)。第71条の2は、裁判所から技術的範囲の鑑定を嘱託された長官が3名の審判官を指定して鑑定させる別の制度。根拠:第71条の2。
4. 審査段階の「発明の認定」との違い
審査基準(第III部 第2章 第3節)でも、請求項に係る発明は請求項の記載に基づいて認定し、明細書・図面・技術常識を考慮して用語を解釈します。第70条と考え方は共通ですが、審査は「特許を与えてよいか」の判断、第70条は「権利がどこまで及ぶか」の判断で、場面が異なります。
5. 試験での問われ方
| 試験種別 | 問われ方の傾向 | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 短答式 | 「要約書を考慮できるか(不可)」「明細書の記載で用語を解釈するか(する)」「判定に拘束力はあるか(ない)」「均等の5要件」「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲」 | 〔表1〕〔表2〕〔表3〕〔表4〕 |
| 論文式 | 侵害事例で構成要件充足性→均等論→抗弁の順に論じさせる | 【図2】 |
| 口述 | 「技術的範囲はどのように定めるか」「均等の要件は」 | 第70条各項、〔表2〕 |
〔表5〕試験での問われ方の整理。傾向の記述は本記事作成者の整理であり、出題を保証するものではありません。
- 技術的範囲は特許請求の範囲が基準(第1項)、明細書・図面で用語解釈(第2項)、要約書は不可(第3項)。
- 文言侵害=構成要件をすべて充足。均等侵害=5要件(本質的部分でない・置換可能・置換容易・公知技術でない・意識的除外でない)。
- 判定(第71条)は法的拘束力のない特許庁の見解。
