小学生でも分かる特許法 / C. 特許権の効力・実施権・侵害 #38
侵害で訴えられた側は、無効審判を起こさなくても、裁判の中で「その特許は無効にされるべきものだ」と主張して権利行使を止められます(第104条の3)。一方で、判決が確定した後に無効審決や訂正審決が出ても、それを理由に判決をひっくり返すことはできません(第104条の4)。特許庁と裁判所の「ダブルトラック」を調整する2条文です。
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「特許庁」と「裁判所」の2つの道
特許が無効かどうかを決めるのは、本来は特許庁の無効審判(第123条)です。でも、侵害で訴えられた人が「この特許は本当は無効だ」と思ったとき、わざわざ特許庁に無効審判を起こして、その結論を待ってからでないと裁判で争えない、というのでは時間がかかりすぎます。
そこで第104条の3は、裁判所の中で「この特許は無効審判で無効にされるべきものだ」と主張できることにしました。裁判所がそう認めれば、特許権者は権利を行使できません(無効の抗弁)。
【図1】ダブルトラックのイメージ。
判決が出た後の「やっぱり無効でした」は通らない
裁判で「侵害だから賠償せよ」という判決が確定した後で、特許庁の無効審判で特許が無効になったとします。侵害者は「特許が無効だったのだから、判決をやり直して(再審)お金を返してほしい」と言いたくなります。でも、それを認めると裁判の結論がいつまでも安定しません。第104条の4は、こういう再審を認めないことにしました。
- 侵害訴訟で「この特許は無効にされるべき」と主張でき、認められれば特許権者は権利を行使できない(第104条の3)。
- 判決確定後に無効審決・訂正審決が確定しても、それを理由に再審はできない(第104条の4)。
※抗弁の却下、請求人適格との関係、訂正の再抗弁、第104条の4の対象などは、正確には条件があります(→レベル2・レベル3)。
LEVEL 2条文の骨格
特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。
2
前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
3
第百二十三条第二項の規定は、当該特許に係る発明について特許無効審判を請求することができる者以外の者が第一項の規定による攻撃又は防御の方法を提出することを妨げない。
| 項 | 役割 | 内容 |
|---|---|---|
| 第1項 | 無効の抗弁 | 侵害訴訟で、特許が無効審判により(延長登録が延長登録無効審判により)無効にされるべきものと認められるときは、権利行使できない |
| 第2項 | 濫用防止 | 審理を不当に遅延させる目的の抗弁は、申立てまたは職権で却下できる |
| 第3項 | 請求人適格との切り離し | 無効審判を請求できない者(利害関係人でない者、冒認の場合の真の権利者以外)でも、抗弁は提出できる |
〔表1〕第104条の3の分解。
特許権若しくは専用実施権の侵害又は第六十五条第一項若しくは第百八十四条の十第一項に規定する補償金の支払の請求に係る訴訟の終局判決が確定した後に、次に掲げる決定又は審決が確定したときは、当該訴訟の当事者であつた者は、当該終局判決に対する再審の訴え(当該訴訟を本案とする仮差押命令事件の債権者に対する損害賠償の請求を目的とする訴え並びに当該訴訟を本案とする仮処分命令事件の債権者に対する損害賠償及び不当利得返還の請求を目的とする訴えを含む。)において、当該決定又は審決が確定したことを主張することができない。
一
当該特許を取り消すべき旨の決定又は無効にすべき旨の審決
二
当該特許権の存続期間の延長登録を無効にすべき旨の審決
三
当該特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の決定又は審決であつて政令で定めるもの
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 対象となる訴訟 | 侵害訴訟、補償金請求訴訟(第65条第1項、第184条の10第1項) |
| いつ | 終局判決の確定後に、取消決定・無効審決・延長登録無効審決・訂正審決等(政令で定めるもの)が確定したとき |
| 誰が | その訴訟の当事者であった者 |
| 何ができないか | 再審の訴え(仮差押・仮処分に関連する損害賠償・不当利得返還の訴えを含む)で、その決定・審決の確定を主張すること |
〔表2〕第104条の4の分解。第3号の範囲は特許法施行令第8条。権利者側勝訴の場合は訴訟で立証された事実以外、敗訴の場合は訴訟で立証された事実を根拠とする取消し・無効を防ぐための訂正決定・審決が対象。
flowchart TB
A["侵害訴訟"] --> B["被告:無効の抗弁(第104条の3第1項)"]
B --> C{"裁判所の判断"}
C -- "無効にされるべきと認める" --> D["請求棄却(権利行使不可)"]
C -- "認めない" --> E["侵害の成否を判断 → 判決"]
B -. "遅延目的なら却下(第2項)" .-> X["抗弁却下"]
A --> F["原告:訂正の再抗弁(訂正により無効理由が解消し、かつ訂正後も侵害)"]
E --> G["終局判決の確定"]
G --> H{"その後に無効審決・訂正審決が確定"}
H --> I["再審でその確定を主張できない(第104条の4)"]
style D fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
style I fill:#FDEDED,stroke:#B23A3A,color:#22303F
【図2】侵害訴訟における無効の抗弁と判決確定後の制限。
- 第104条の3:無効の抗弁(延長登録も対象)。遅延目的なら却下。無効審判の請求人適格がなくても抗弁できる。
- 第104条の4:判決確定後の無効審決・訂正審決等の確定を、再審で主張できない。
LEVEL 3要件・例外・試験での問われ方
1. 沿革 ― キルビー判決から第104条の3へ
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 従来 | 特許の有効・無効は特許庁の専権事項で、裁判所は侵害訴訟で無効を判断できないとされていた(大審院以来の考え方) |
| 最高裁平成12年4月11日判決〔キルビー事件〕 | 特許に無効理由が存在することが明らかで、無効審判で無効とされることが確実に予見される場合、その特許権に基づく差止め・損害賠償の請求は権利の濫用として許されない(要旨) |
| 平成16年改正(平成17年施行) | 第104条の3を新設。「無効理由の存在が明らか」という要件を外し、「無効にされるべきものと認められるとき」とした。第2項(遅延目的の却下)も同時に新設 |
| 平成23年改正 | 第3項(請求人適格との切り離し)と第104条の4(再審の制限)を新設。無効審判の請求人を「利害関係人」に戻す平成26年改正の前提 |
〔表3〕第104条の3の沿革。
2. 「訂正の再抗弁」
被告が無効の抗弁を出したとき、特許権者は「訂正審判(または訂正の請求)により無効理由が解消され、かつ訂正後の請求項でも被告製品は技術的範囲に属する」と主張して対抗できます。これを訂正の再抗弁といいます。判例は、訂正の再抗弁には原則として現に訂正審判の請求等をしていることを要するとしつつ、訂正審判を請求できない状況(無効審判係属中で訂正の請求の機会がない等)では例外を認めています。
3. 無効の抗弁と無効審判の比較
| 無効の抗弁(第104条の3) | 無効審判(第123条) | |
|---|---|---|
| 場 | 侵害訴訟(裁判所) | 特許庁 |
| 主張できる者 | 侵害訴訟の相手方(利害関係の有無を問わない:第3項) | 利害関係人(一部は真の権利者) |
| 判断の効力 | その訴訟の当事者間の相対効。特許は残る | 対世効。特許権は初めから不存在(第125条) |
| 判断基準 | 「無効審判により無効にされるべきものと認められる」(無効理由の存在) | 無効理由の存在 |
| 訂正との関係 | 訂正の再抗弁 | 訂正の請求(第134条の2) |
| 両者の調整 | 第168条(訴訟と審判の関係:裁判所・特許庁の相互通知、審理の中止)、第104条の4(再審制限)、第167条(一事不再理) | |
〔表4〕無効の抗弁と無効審判の比較。第168条は必要な場合の手続中止と、裁判所・特許庁間の通知等を規定する。
4. 第104条の4が防ぐ「蒸し返し」
flowchart LR A["侵害訴訟で被告敗訴
(無効の抗弁が認められず)"] --> B["判決確定・損害賠償を支払い"] B --> C["その後、無効審判で無効審決が確定"] C --> D{"再審で『特許は無効だった』と主張できるか"} D -- "改正前" --> E["再審事由(民訴法第338条第1項第8号)に当たりうる → 判決取消し・返還の争い"] D -- "現行(第104条の4)" --> F["主張できない → 判決は維持"] style F fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
【図3】第104条の4の効果。侵害訴訟で無効の抗弁を尽くす機会があった以上、判決確定後の蒸し返しを認めない。民事訴訟法第338条第1項第8号の再審事由との関係で、第104条の4は所定の決定・審決の確定の主張を制限する。
| 第104条の4の対象 | 備考 |
|---|---|
| 第1号:取消決定・無効審決 | 被告敗訴判決の確定後に特許が消えた場合 |
| 第2号:延長登録無効審決 | 延長期間中の侵害を認めた判決の場合 |
| 第3号:訂正審決・訂正認容決定(政令で定めるもの) | 原告(特許権者)敗訴判決の確定後に訂正で無効理由が解消した場合など、特許権者側の蒸し返しも防ぐ |
〔表5〕第104条の4の3つの対象。被告側・原告側の双方の蒸し返しを防ぐ。
5. 試験での問われ方
| 試験種別 | 問われ方の傾向 | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 短答式 | 「利害関係のない者も無効の抗弁を出せるか(可:第3項)」「延長登録も対象か(対象)」「遅延目的の抗弁の却下」「判決確定後の無効審決で再審できるか(不可)」「補償金請求訴訟も第104条の4の対象か(対象)」「訂正審決も第104条の4の対象か(政令で定めるもの)」 | 〔表1〕〔表2〕〔表5〕 |
| 論文式 | 侵害訴訟における攻撃防御(無効の抗弁→訂正の再抗弁)と、無効審判との並行・調整を論じさせる | 【図2】〔表4〕 |
| 口述 | 「第104条の3の趣旨は」「第104条の4は何を制限するか」 | 〔表3〕〔表5〕 |
〔表6〕試験での問われ方の整理。傾向の記述は本記事作成者の整理であり、出題を保証するものではありません。
- 第104条の3:キルビー判決を立法化(平成16年改正)。無効の抗弁は相対効、請求人適格不要(第3項)、遅延目的は却下(第2項)。特許権者は訂正の再抗弁で対抗。
- 第104条の4:判決確定後の無効審決・延長登録無効審決・訂正審決等の確定を再審で主張できない(平成23年改正)。原告・被告双方の蒸し返しを防ぐ。
- 特許庁と裁判所のダブルトラックは第168条・第167条・第104条の4で調整。
