小学生でも分かる特許法 / A. 特許要件・発明 #3
「新しい」だけでは足りない。その分野のプロが「先行技術からかんたんに思いつく」ものは特許を受けられない――それが進歩性のルールです。
LEVEL 1イメージでつかむ
「新しい」と「すごい」は別のこと
前回(第29条第1項・新規性)では、「世の中にまだ知られていない発明」でないと特許はもらえない、という話をしました。
でも、それだけでは足りません。たとえば、世の中に「赤いえんぴつ」があるとします。あなたが「青いえんぴつ」を作ったら、たしかに「新しい」かもしれません。でも、えんぴつ屋さんなら誰でも「色を変えればいいじゃん」と思いつきますよね。
こういう「その道のプロなら、あと一歩でかんたんに思いつく」発明には、特許はあげません。これが進歩性(しんぽせい)のルールです。
【図1】積み木のイメージ。土台(先行技術)にブロックをひとつ足しただけなら「誰でも思いつく」。土台から大きくジャンプしていれば「ひらめき」。
「だれが」思いつくかがポイント
ここで大事なのは、「だれにとってかんたんか」です。小学生のあなたにとって難しくても、えんぴつ屋さんにとってかんたんなら、進歩性はありません。逆に、えんぴつ屋さんでも「それは思いつかなかった!」というものなら、進歩性があります。
この「その道のプロ」のことを、特許の世界では当業者(とうぎょうしゃ)と呼びます。審査官は、自分がえんぴつ屋さんになったつもりで「これ、かんたんに思いつくかな?」と考えるのです。
- 「新しい」だけではダメ。「その道のプロが、かんたんに思いつく」ものは特許にならない。
- 「かんたんかどうか」は、その道のプロ(当業者)の目線で判断する。
※ここでは「いつの時点で」「何をもとに」判断するかを省いています。正確には条件があります(→レベル2・レベル3)。
LEVEL 2条文の骨格
条文を読む
特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。
5つの部品に分解する
長い一文ですが、部品に分けると骨格が見えます。
| # | 条文の部品 | 意味(骨格) | レベル1での言いかえ |
|---|---|---|---|
| ① | 特許出願前に | いつの時点で判断するか=出願の時を基準にする | (レベル1では省略) |
| ② | その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が | だれの目線で判断するか=当業者 | その道のプロ |
| ③ | 前項各号に掲げる発明に基いて | 何をもとに判断するか=第29条第1項第1号〜第3号の発明(先行技術) | 土台の積み木 |
| ④ | 容易に発明をすることができたときは | 判断の中身=かんたんに思いつけたか | あと一歩で思いつく |
| ⑤ | 同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない | 結論=第1項で新規性があっても、特許を受けられない | 特許NG |
〔表1〕第29条第2項の分解。①〜③が「判断の枠組み」、④が「判断そのもの」、⑤が「効果」。
第1項との関係 ― 「新規性の次に進歩性」
③の「前項各号に掲げる発明」は、第29条第1項第1号〜第3号の発明、つまり新規性を失わせる先行技術と同じものです。つまり進歩性は、新規性と同じ土台(先行技術)の上で、もう一段きびしく問うルールになっています。
flowchart TB A["第29条第1項 柱書
産業上利用することができる発明"] --> B{"第1項 各号
先行技術と同じ?
(新規性)"} B -- "同じ" --> NG1["特許を受けられない
(新規性なし)"] B -- "違う(新しい)" --> C{"第2項
先行技術から当業者が
容易に思いつく?
(進歩性)"} C -- "容易" --> NG2["特許を受けられない
(進歩性なし)"] C -- "容易でない" --> OK["第29条はクリア
(他の要件へ)"] style NG1 fill:#FDEDED,stroke:#B23A3A,color:#22303F style NG2 fill:#FDEDED,stroke:#B23A3A,color:#22303F style OK fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
【図2】第29条の中での位置づけ。第1項柱書(産業上の利用可能性)→第1項各号(新規性)→第2項(進歩性)の順に関門がある。「前項各号に掲げる発明」が両方の関門で共通の土台になっている。
新規性と進歩性のちがい
| 新規性(第29条第1項) | 進歩性(第29条第2項) | |
|---|---|---|
| 問いかけ | 先行技術と同じか? | 先行技術から容易に思いつくか? |
| 比べる相手 | 第1項各号の発明 | 第1項各号の発明(同じ土台) |
| 判断の基準時 | 特許出願前 | 特許出願前 |
| だれの目線か | (条文に明示なし) | 当業者(条文に明示) |
| ダメな理由の例 | 「同じものが本に載っていた」 | 「本に載っていた技術を組み合わせれば誰でもできる」 |
〔表2〕新規性と進歩性の比較。土台と基準時は共通で、「同じか」と「容易か」の違いが本質。
- 第29条第2項は「①出願前に ②当業者が ③第1項各号の発明に基づいて ④容易に発明できたなら ⑤特許を受けられない」という構造。
- 新規性と進歩性は、同じ先行技術を土台にして、「同じか」→「容易か」の順に判断する。
LEVEL 3要件・例外・試験での問われ方
1. 当業者とは何者か ― 審査基準の4条件
条文の「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(当業者)について、審査基準 第III部 第2章 第2節 2. は、次の4つを備えた者と説明しています(要旨)。
| # | 当業者が備えているもの | ひとことで |
|---|---|---|
| (i) | その技術分野の、出願時の技術常識 | その分野の常識を知っている |
| (ii) | 研究開発のための通常の技術的手段を用いる能力 | 普通の実験・開発ができる |
| (iii) | 材料の選択、設計変更等の通常の創作能力 | 普通の工夫はできる |
| (iv) | 出願時の技術水準にあるもの全てを自らの知識とする能力 | 先行技術を全部知っていると仮定する |
〔表3〕当業者の4条件(審査基準 第III部 第2章 第2節 2. の要旨)。実在の人物ではなく、審査のために仮定した「基準となる人」である点に注意。
2. 判断の基準時 ―「特許出願前」
基準時は新規性と同じく「特許出願前」です。優先権主張を伴う出願では、優先日を基準に判断する点も新規性と共通です(パリ条約による優先権・国内優先権の記事で扱います)。
3. 審査官はどう判断するか ― 審査基準の手順をフロー図で
審査基準 第III部 第2章 第2節 3. は、進歩性の判断を「論理付け(先行技術に基づいて当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築)ができるか否か」という枠組みで説明しています。手順を図にすると次のとおりです。
flowchart TB S0["請求項に係る発明の認定
+ 引用発明の認定"] --> S1["主引用発明を1つ選ぶ
(技術分野・課題が同一または近いもの)"] S1 --> S2["請求項に係る発明と主引用発明の
一致点・相違点を明らかにする"] S2 --> S3{"相違点について
論理付けができるか?
(副引用発明の適用/技術常識)"} S3 -- "できない" --> OK1["進歩性あり"] S3 -- "できそう" --> S4["進歩性が肯定される方向の要素も
含めて総合的に評価"] S4 --> S5{"それでも
論理付けができるか?"} S5 -- "できない" --> OK2["進歩性あり"] S5 -- "できる" --> NG["進歩性なし
(第29条第2項の拒絶理由)"] style OK1 fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F style OK2 fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F style NG fill:#FDEDED,stroke:#B23A3A,color:#22303F
【図3】進歩性判断の手順(審査基準 第III部 第2章 第2節 3. の要旨をフロー化)。「論理付け」が二段階で問われる点がポイント。
4. 論理付けの材料 ― 否定方向と肯定方向
審査基準は、論理付けに使う材料を「進歩性が否定される方向に働く要素」(3.1)と「進歩性が肯定される方向に働く要素」(3.2)に分けて整理しています。
flowchart LR
subgraph NEG["進歩性が否定される方向に働く要素(3.1)"]
direction TB
M["3.1.1 主引用発明に副引用発明を
適用する動機付け"]
M --> M1["(1) 技術分野の関連性"]
M --> M2["(2) 課題の共通性"]
M --> M3["(3) 作用・機能の共通性"]
M --> M4["(4) 引用発明の内容中の示唆"]
N["3.1.2 動機付け以外の要素"]
N --> N1["(1) 設計変更等
(当業者の通常の創作能力の発揮)"]
N --> N2["(2) 先行技術の単なる寄せ集め"]
end
subgraph POS["進歩性が肯定される方向に働く要素(3.2)"]
direction TB
P1["3.2.1 引用発明と比較した
有利な効果"]
P2["3.2.2 阻害要因"]
end
NEG -. "総合評価" .- POS
【図4】論理付けの材料の相関図(審査基準 第III部 第2章 第2節 3.1・3.2)。否定方向の材料と肯定方向の材料を天秤にかけて総合評価する。
5. 「動機付け」の4つの根拠
| 根拠 | 審査基準の説明(要旨) | 審査基準の例(要旨) |
|---|---|---|
| (1) 技術分野の関連性 | 主引用発明に関連する技術分野に、置換可能または付加可能な技術手段があること | 電話装置のアドレス帳機能を、ファクシミリ装置の同様の機能から応用する |
| (2) 課題の共通性 | 主引用発明と副引用発明の課題が共通すること。当業者にとって自明な課題や容易に着想し得る課題が共通する場合も含む | ペットボトルのコーティング膜で、いずれもガスバリア性の向上が課題 |
| (3) 作用・機能の共通性 | 主引用発明と副引用発明との間で作用・機能が共通すること | 印刷機のシリンダ洗浄で、カム機構と膨張部材がともに「洗浄布を接触させる」機能 |
| (4) 引用発明の内容中の示唆 | 引用発明の内容中に、主引用発明に副引用発明を適用することに関する示唆があること(有力な根拠) | 共重合体の文献が太陽電池用途に言及し、架橋技術の適用を示唆 |
〔表4〕動機付けの4つの根拠(審査基準 第III部 第2章 第2節 3.1.1)。試験では「この4つを列挙できるか」「事例でどれに当たるか」が問われる。
6. 「設計変更等」の4類型と「単なる寄せ集め」
動機付けがなくても、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない場合は、進歩性が否定される方向に働きます(3.1.2)。
| 類型 | 審査基準の例(要旨) |
|---|---|
| ① 公知材料の中からの最適材料の選択 | 加圧接着剤に代えて周知の水反応型接着剤を用いる |
| ② 数値範囲の最適化または好適化 | 流動性を悪化させる粒子の含有量を一定値以下に定める |
| ③ 均等物による置換 | ブラシ付きDCモータに代えて周知のブラシレスDCモータを採用する |
| ④ 技術の具体的適用に伴う設計変更 | 外部装置の種類や性能に応じて適切な方法を選択する |
| (別枠)先行技術の単なる寄せ集め | 公知の昇降手段・防風用カバー・作業用具収納手段を、互いに機能的・作用的に関連させずに付加する |
〔表5〕設計変更等の4類型と単なる寄せ集め(審査基準 第III部 第2章 第2節 3.1.2)。「寄せ集め」は「各発明特定事項が公知で、互いに機能的・作用的に関連していない」場合。
7. 肯定方向の要素 ― 有利な効果と阻害要因
有利な効果(3.2.1):発明特定事項によって奏される効果のうち、引用発明の効果と比較して有利なものは参酌されます。特に、出願時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著な効果は、進歩性が肯定される方向の有力な事情となります。
flowchart TB
E["引用発明と比較した効果"] --> E1{"引用発明の効果と
同質か?異質か?"}
E1 -- "異質" --> E2{"出願時の技術水準から
当業者が予測できたか?"}
E1 -- "同質" --> E3{"際立って優れているか?
かつ予測できなかったか?"}
E2 -- "予測できない" --> Y1["顕著な効果
→ 肯定方向の有力な事情"]
E3 -- "際立って優れ、予測できない" --> Y1
E2 -- "予測できる" --> N1["通常の効果として参酌"]
E3 -- "それ以外" --> N1
style Y1 fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
【図5】「顕著な効果」の判定の分岐図(審査基準 第III部 第2章 第2節 3.2.1 の要旨)。(i)異質な効果、(ii)同質だが際立って優れた効果、のいずれも「予測できなかった」ことが条件。
阻害要因(3.2.2):副引用発明を主引用発明に適用することを妨げる事情があれば、肯定方向に働きます。審査基準は次の4例を挙げています。
| 阻害要因の例 | 審査基準の例(要旨) |
|---|---|
| (i) 主引用発明の目的に反する副引用発明 | 高価な気液接触装置を避けることが目的の主引用発明に、その装置を必要とする副引用発明を適用する |
| (ii) 主引用発明の機能を喪失させる副引用発明 | ベーンポンプに、間隙が生じて機能しなくなるガスケットを適用する |
| (iii) 主引用発明が適用を排斥している副引用発明 | 「ねじ結合」を課題として挙げ「かしめ固定」を採用した主引用発明に、ねじ結合を適用する |
| (iv) 劣る例として示された副引用発明 | 「他の態様より染斑が出やすい」と示された態様を適用する |
〔表6〕阻害要因の4例(審査基準 第III部 第2章 第2節 3.2.2)。
8. その他の留意事項(3.3)
| 留意事項 | 内容(要旨) |
|---|---|
| 後知恵の排除 | 請求項に係る発明を知った上で「容易に想到したように見えてしまう」こと(後知恵)を避ける。引用発明の認定が請求項に引きずられないようにする |
| 主引用発明の選択 | 技術分野または課題が同一・近いものを選ぶのが通常。大きく異なるものを選ぶ場合はより慎重な論理付けが要求される。課題が新規で当業者が通常着想しないものなら、肯定方向の一事情になり得る |
| 周知技術 | 周知技術であるという理由だけで論理付けの検討を省略してはならない。阻害要因の有無も検討する |
| 明細書中の従来技術 | 出願人が明細書で公知性を認めている従来技術は、出願当時の技術水準として引用発明にできる |
| 物・製造方法・用途 | 物の発明が進歩性を有する場合、その物の製造方法・用途の発明は原則として進歩性を有する(例外あり) |
| 二次的指標 | 商業的成功、長期間実現が望まれていたこと等は、出願人の主張・立証により、発明の技術的特徴に基づくもの(販売技術・宣伝等によるものでない)との心証を得た場合に限り参酌できる |
〔表7〕その他の留意事項(審査基準 第III部 第2章 第2節 3.3)。
9. 論文式でよく使う「論理付け」の型
論文式で進歩性を論じるときは、【図3】の手順をそのまま答案の骨格にできます。
flowchart LR A["① 本願発明の認定"] --> B["② 主引用発明の認定"] --> C["③ 一致点・相違点"] --> D["④ 相違点の容易想到性
動機付け/設計変更/寄せ集め"] --> E["⑤ 阻害要因・有利な効果
の検討"] --> F["⑥ 結論
(第29条第2項該当/非該当)"]
【図6】進歩性の論述の型。④で否定方向の要素、⑤で肯定方向の要素を検討し、⑥で総合評価する。
10. 試験での問われ方
| 試験種別 | 問われ方の傾向 | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 短答式 | 条文の文言(「特許出願前」「当業者」「前項各号に掲げる発明に基いて」)の言い換えや、第29条の2・第39条との対比 | 「前項各号」=第29条第1項第1号〜第3号。第29条の2の「先の出願の願書に最初に添付した明細書等」は進歩性の引用発明にはならない点 |
| 論文式 | 事例で「進歩性の有無を論ぜよ」。主引用発明・副引用発明を指定し、動機付け・阻害要因・効果を検討させる | 【図3】【図6】の型で書く。後知恵を避けるため、主引用発明から出発して論理を組む |
| 口述 | 「当業者とは」「動機付けの根拠を挙げよ」など、審査基準の項目の暗唱 | 〔表3〕〔表4〕〔表5〕〔表6〕を口頭で言えるようにする |
〔表8〕試験での問われ方の整理。傾向の記述は本記事作成者の整理であり、出題を保証するものではありません。
- 進歩性の判断=「論理付け」ができるか。主引用発明→相違点→動機付け(4根拠)/設計変更等(4類型)/寄せ集め→阻害要因・有利な効果→総合評価。
- 当業者は4条件を備えた仮想の人物。判断の基準時は「特許出願前」。
- 顕著な効果は「異質」または「同質で際立って優れる」+「予測できない」が条件。意見書で主張する効果は明細書に根拠が必要。
- 後知恵の排除、周知技術でも論理付けを省略しないこと、二次的指標の参酌条件は、審査基準 3.3 で確認する。
