小学生でも分かる特許法 / C. 特許権の効力・実施権・侵害 #27
特許権は強い権利ですが、社会全体の利益や国際交通、既得の状態を守るために、効力が及ばない場面が法律で定められています。第69条は、その4つの例外を定めた条文です。
レベル1イメージでつかむ ― 「独り占め」にも例外がある
レベル2条文の骨格 ― 第1項(試験・研究)、第2項(通過船舶等・出願時から国内にある物)、第3項(調剤)
レベル3要件・例外・試験での問われ方 ― 各例外の趣旨と限界、先使用権との違い
LEVEL 1イメージでつかむ
「独り占め」のしすぎは、みんなが困る
特許権者は発明を独り占めできます(第68条)。でも、何もかも独り占めさせると、困ることがあります。たとえば――
- 研究者が「この発明、本当に効くのかな?」と実験することまで禁止したら、技術は進歩しません。
- 外国の飛行機が日本の上空を通過するだけで、その飛行機の部品が日本の特許に引っかかるとしたら、国際交通が止まってしまいます。
- 出願より前から日本にあった物まで「侵害品だ」と言われたら、既にある状態が壊されてしまいます。
- お医者さんの処方せんで薬剤師が薬を混ぜることまで特許で止めたら、患者さんが困ります。
【図1】特許権の効力に空いた4つの「穴」。
レベル1のまとめ
- 試験・研究、通過するだけの船や飛行機、出願前から日本にあった物、処方せんによる調剤には、特許権の効力が及ばない。
※「試験・研究」に何が含まれるか、「調剤」の例外が効く特許の種類などは、正確には条件があります(→レベル2・レベル3)。
LEVEL 2条文の骨格
特許法第69条(原文)1
2
一
二
3
特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。
2
特許権の効力は、次に掲げる物には、及ばない。
一
単に日本国内を通過するに過ぎない船舶若しくは航空機又はこれらに使用する機械、器具、装置その他の物
二
特許出願の時から日本国内にある物
3
二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。
出典:e-Gov法令検索(法令ID 334AC0000000121)、2026年9月参照。
| 項 | 効力が及ばない対象 | 「行為」か「物」か | 趣旨(一般的理解) |
|---|---|---|---|
| 第1項 | 試験又は研究のためにする特許発明の実施 | 行為 | 技術の進歩(特許発明自体を対象とした試験・研究を許す) |
| 第2項第1号 | 単に日本国内を通過するに過ぎない船舶・航空機、およびこれらに使用する機械・器具・装置その他の物 | 物 | 国際交通の確保(パリ条約第5条の3に対応) |
| 第2項第2号 | 特許出願の時から日本国内にある物 | 物 | 既存状態の保護(出願時に既に存在した物) |
| 第3項 | 2以上の医薬を混合する医薬・製法の特許について、医師・歯科医師の処方せんによる調剤行為と、調剤された医薬 | 行為+物 | 医療行為の確保 |
〔表1〕第69条の4つの例外。第1項は「行為」、第2項は「物」に着目している点が違う。
flowchart TB
A["業として特許発明を実施している"] --> B{"試験・研究のための実施か(第1項)"}
B -- "はい" --> N1["効力が及ばない"]
B -- "いいえ" --> C{"通過中の船舶・航空機(とその装備)か(第2項第1号)"}
C -- "はい" --> N2["効力が及ばない"]
C -- "いいえ" --> D{"出願時から日本国内にある物か(第2項第2号)"}
D -- "はい" --> N3["効力が及ばない"]
D -- "いいえ" --> E{"混合医薬の特許で、処方せんによる調剤か(第3項)"}
E -- "はい" --> N4["効力が及ばない"]
E -- "いいえ" --> Y["第69条の例外なし
→ 先使用権(第79条)等の実施権や消尽の有無を検討"]
style N1 fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
style N2 fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
style N3 fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
style N4 fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
style Y fill:#FFF3E8,stroke:#D9782D,color:#22303F
【図2】第69条の当てはめの分岐図。
レベル2のまとめ
- 第1項:試験・研究のための実施(行為)。第2項:通過船舶等と出願時から国内にある物(物)。第3項:混合医薬の調剤(行為と物)。
LEVEL 3要件・例外・試験での問われ方
1. 第1項「試験又は研究」の範囲
一般に、第1項の「試験又は研究」は、特許発明自体を対象とする試験・研究(特許性の調査、機能の調査、改良・発展を目的とする試験)を指し、特許発明を道具として使う試験・研究(測定機器の特許発明を使って別の物を研究する等)は含まれない、と説明されます。後発医薬品の承認申請のための試験が第1項に当たるとした最高裁平成11年4月16日判決が重要判例です。
根拠と補足:試験・研究による技術の前進を妨げないことが第69条第1項の趣旨です。研究の結果できた物を業として販売する行為まで除外されるわけではありません。最高裁平成11年4月16日(平成10年(受)第153号)は、特許満了後の後発医薬品の販売に必要な承認資料を得る試験を同項の試験・研究に含めました。出典:特許庁・逐条解説第22版(第69条、277頁)。出典:最高裁判決・1〜3頁。
2. 第2項第2号と先使用権(第79条)の違い
| 第69条第2項第2号 | 第79条 先使用権 | |
|---|---|---|
| 対象 | 出願時から日本国内にあるその物 | 出願の際に実施の事業(準備)をしている者の、その事業の範囲内での実施 |
| 効果 | その物自体に効力が及ばない(その物の使用・譲渡は自由)。新たに生産することは含まれない | 通常実施権(新たな生産も含めて実施できる) |
| 要件 | 出願時に国内に存在していたこと | 発明を知らないで自ら発明した/知得した、事業またはその準備 |
| 性格 | 効力の制限(物に着目) | 法定通常実施権(人に着目) |
〔表2〕第69条第2項第2号と先使用権の比較。
3. 第2項第1号とパリ条約第5条の3
第2項第1号はパリ条約第5条の3(同盟国の船舶・航空機・車両が一時的または偶発的に他の同盟国に入った場合の特許権の制限)を国内法化したものです。条文は「単に日本国内を通過するに過ぎない」船舶・航空機に限り、車両は明記されていません。
根拠と補足:パリ条約第5条の3は、他の同盟国の船舶が一時的・偶発的に入国した場合の船舶自体のための使用と、他の同盟国の航空機・車両が一時的・偶発的に入国した場合の構造・機能に関する発明の使用を扱います。特許法第69条第2項第1号の列挙は船舶・航空機で、車両を明記しているのは条約です。条約の要件を満たす車両については第26条による条約優先を併せて考えます。出典:パリ条約・第5条の3。出典:特許法(第26条・第69条第2項第1号)。
4. 第3項の要件の限定
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 対象となる特許 | 「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬」の発明、または「二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法」の発明。単一の医薬(物質特許)には適用されない |
| 対象となる行為・物 | 医師・歯科医師の処方せんにより調剤する行為、および調剤された医薬 |
| 医薬の定義 | 人の病気の診断・治療・処置・予防のため使用する物(動物用は含まない) |
〔表3〕第3項の要件。「混合」に限られる点が短答の頻出。
5. 第69条にない「効力の限界」
| 限界 | 根拠 | 備考 |
|---|---|---|
| 消尽 | 判例法理(最高裁平成9年7月1日〔BBS事件〕、平成19年11月8日〔インクカートリッジ事件〕) | 特許権者が適法に譲渡した物には効力が及ばない。条文なし |
| 法定通常実施権 | 第79条・第79条の2・第80条〜第82条など | 先使用権・中用権等 |
| 裁定通常実施権 | 第83条・第92条・第93条 | |
| 延長された特許権の効力の制限 | 第68条の2 | |
| 回復した特許権の効力の制限 | 第112条の3、第176条 |
〔表4〕第69条以外の効力の限界。判例の事件番号は各記事で確認。
6. 試験での問われ方
| 試験種別 | 問われ方の傾向 | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 短答式 | 「特許発明を道具として使う研究は第1項か」「日本国内に到着後に荷を積み替える船舶は通過か」「単一医薬の特許に第3項は適用されるか」「第2項第2号の物を新たに生産できるか」 | 〔表1〕〔表2〕〔表3〕 |
| 論文式 | 侵害事例で第69条の抗弁の成否を論じさせる | 【図2】 |
| 口述 | 「特許権の効力が及ばない範囲を挙げよ」 | 第69条を項ごとに |
〔表5〕試験での問われ方の整理。傾向の記述は本記事作成者の整理であり、出題を保証するものではありません。
過去問との対応:令和8年度短答式試験について、問12ロの並行輸入とハの再利用は消尽に関する関連問題で、第69条に列挙された例外そのものではありません。問12の正解番号は2です。 出典:公式問題・特許/実用新案の部、公式正解。公式正解は問題単位の番号です。個々の肢の論点説明は条文との照合によります。
レベル3のまとめ
- 第1項の試験・研究は「特許発明自体を対象とする」もの。道具としての使用は含まない(最判平成11年4月16日参照)。
- 第2項第2号は「物」に着目した効力制限で、新たな生産は含まない。先使用権(人に着目した通常実施権)と区別する。
- 第3項は「混合」医薬の特許に限る。消尽・法定実施権など条文外の限界も整理しておく。
