小学生でも分かる特許法 / A. 特許要件・発明 #6
新規性も進歩性もある発明でも、公の秩序・善良の風俗・公衆の衛生を害するおそれがあるものには特許を与えません。第32条は、その唯一の「発明の内容そのもの」を理由とする不特許事由です。条文は1つですが、拒絶理由・異議申立て理由・無効理由のすべてに関係します。
LEVEL 1イメージでつかむ
「すごい」と「いい」は別
これまでの記事で、特許をもらうには「新しい」「かんたんに思いつかない」「説明書がちゃんとしている」などの条件があることを見てきました。でも、それだけではありません。
たとえば「にせのお札をきれいに作る機械」を発明したとします。とても新しくて、誰も思いつかない技術かもしれません。でも、それに特許をあげて「あなたが独占して使っていいですよ」と国が認めるのは、おかしいですよね。
3つの「害」
第32条は、次の3つを害するおそれがある発明には特許をあげない、と決めています。
【図1】第29条とは別の関門としての第32条。
「悪いことにも使える」だけではダメと言わない
包丁は料理にも使えるし、人を傷つけることにも使えます。でも包丁の発明を「危ないからダメ」とは言いません。第32条で止めるのは、発明そのものが社会に害を与えるものであって、「使い方によっては悪いこともできる」というだけのものではありません(正確な判断基準は→レベル3)。
- 公の秩序・善良の風俗・公衆の衛生を害するおそれがある発明には、新しくてすごくても特許をあげない。
- 「使い方によっては悪いこともできる」だけでは止めない。発明そのものが害を与えるかどうか。
※判断の考え方の詳細、他の要件との関係、昔の不特許事由との違いは、正確には条件があります(→レベル2・レベル3)。
LEVEL 2条文の骨格
条文を読む
公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれがある発明については、第二十九条の規定にかかわらず、特許を受けることができない。
| 部品 | 意味 |
|---|---|
| 公の秩序 | 国家・社会の秩序、安全(例:犯罪に用いることを本来の目的とするもの) |
| 善良の風俗 | 社会の道徳観念 |
| 公衆の衛生 | 国民の健康・衛生 |
| 害するおそれがある発明 | 実際に害が生じていなくても「おそれ」があれば足りる。判断対象は「発明」そのもの |
| 第29条の規定にかかわらず | 新規性・進歩性・産業上の利用可能性を満たしていても、特許を受けられない |
〔表1〕第32条の分解。
他の「特許を受けられない」規定との位置関係
flowchart TB A["特許を受けられない理由"] --> B["発明の中身による"] A --> C["先行技術・他の出願との関係による"] A --> D["人・手続による"] B --> B1["第2条第1項・第29条第1項柱書
発明でない/産業上利用できない"] B --> B2["第32条
公序良俗・公衆衛生を害するおそれ"] C --> C1["第29条第1項・第2項 新規性・進歩性"] C --> C2["第29条の2 拡大先願/第39条 先願"] D --> D1["第38条 共同出願違反/第49条第7号 冒認"] D --> D2["第36条・第37条 記載要件・単一性"] style B2 fill:#FDEDED,stroke:#B23A3A,color:#22303F
【図2】不特許となる理由の相関図。第32条は「発明の中身」を理由とする規定の一つ。
| 第29条第1項柱書(産業上の利用可能性) | 第32条(不特許事由) | |
|---|---|---|
| 典型例 | 人間を手術・治療・診断する方法、個人的にのみ利用される発明 | 公序良俗・公衆衛生を害するおそれがある発明 |
| 問いかけ | 産業として利用できるか | 利用できるとしても、社会に害があるか |
| 審査基準 | 第III部 第1章 3. | 第III部 第5章 |
〔表2〕混同しやすい第29条第1項柱書との比較。医療行為は「産業上利用できない」であって、第32条ではない。
- 第32条は、公の秩序・善良の風俗・公衆の衛生を害する「おそれ」がある発明を、第29条を満たしていても不特許とする。
- 医療行為(第29条第1項柱書)とは別の規定。
LEVEL 3要件・例外・試験での問われ方
1. 判断の考え方
審査基準 第III部 第5章は、請求項に係る発明が公序良俗等を害することが明らかな場合に限って第32条に該当すると判断します。
flowchart TB
A["請求項に係る発明"] --> B{"請求項に係る発明が
公序良俗等を害することが明らかか"}
B -- "害することが明らか" --> N["第32条に該当
→ 拒絶理由(第49条第2号)"]
B -- "使い方次第で害することもある
(不当に使用される可能性があるだけ)" --> Y["第32条に該当しない
(他の法令による規制は別問題)"]
style N fill:#FDEDED,stroke:#B23A3A,color:#22303F
style Y fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
【図3】第32条の判断の分岐図(審査基準の趣旨の要旨。文言は本文で確認)。
2. 効果 ― 拒絶理由・異議申立て理由・無効理由のすべて
| 場面 | 根拠 |
|---|---|
| 拒絶理由 | 第49条第2号(「第三十二条……の規定により特許をすることができないものであるとき」) |
| 特許異議の申立て理由 | 第113条第2号 |
| 無効理由 | 第123条第1項第2号 |
〔表3〕第32条違反の効果。第49条第2号は査定の記事で条文確認済み。
3. 歴史 ― かつての不特許事由
現行の第32条は公序良俗・公衆衛生の1類型だけですが、かつては「飲食物又は嗜好物」「医薬又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法」「化学方法により製造されるべき物質」「原子核変換の方法により製造されるべき物質」なども不特許事由として列挙されていました。これらは昭和50年改正(物質特許の導入)と平成6年改正(原子核変換物質の削除)で順次削除され、現在の形になりました。
4. 他法域との比較
| 法域 | 対応する規定 | 内容 |
|---|---|---|
| 特許 | 第32条 | 公序良俗・公衆衛生を害するおそれがある発明 |
| 実用新案 | 実用新案法第4条 | 公序良俗・公衆衛生を害するおそれがある考案 |
| 意匠 | 意匠法第5条第1号 | 公序良俗を害するおそれがある意匠(第2号:他人の業務に係る物品と混同、第3号:機能確保に不可欠な形状のみ) |
| 商標 | 商標法第4条第1項第7号 | 公序良俗を害するおそれがある商標 |
〔表4〕四法の公序良俗規定。対応条文は実用新案法第4条、意匠法第5条第1号、商標法第4条第1項第7号。
5. 試験での問われ方
| 試験種別 | 問われ方の傾向 | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 短答式 | 「医療行為は第32条か(否:第29条第1項柱書)」「第32条は無効理由か(是)」「不当に使用されるおそれがあるだけで該当するか(否)」「実用新案の不登録事由との比較」 | 〔表2〕〔表3〕 |
| 論文式 | 発明該当性・産業上の利用可能性・不特許事由をまとめて論じさせる | 【図2】で位置づけてから当てはめる |
| 口述 | 「不特許事由を述べよ」 | 条文を原文どおり |
〔表5〕試験での問われ方の整理。傾向の記述は本記事作成者の整理であり、出題を保証するものではありません。
- 判断は「発明そのものが害することが明らかか」。不当使用の可能性だけでは該当しない(審査基準 第III部 第5章で確認)。
- 拒絶理由・異議申立て理由・無効理由のすべてに該当する。
- 現行の不特許事由は公序良俗・公衆衛生のみ。医療行為は第29条第1項柱書の問題。
