小学生でも分かる特許法 / C. 特許権の効力・実施権・侵害 #29
自分の特許発明が、他人の先の特許発明を「利用」していたり、他人の意匠権・商標権と「抵触」していたりすることがあります。その場合、自分に特許があっても、業として実施することはできません。第72条は、権利どうしの「先後関係」で実施の可否を決めるルールです。
LEVEL 1イメージでつかむ
「元の発明」と「改良した発明」
Aさんが「新しい消しゴム」の特許をもっています。Bさんは、その消しゴムに「持ちやすいカバー」を付ける改良を発明し、特許をとりました。Bさんの発明は、Aさんの消しゴムをそのまま含んでいます。
Bさんに特許があるからといって、Bさんが「カバー付き消しゴム」を勝手に作って売ると、Aさんの消しゴムの特許を侵害してしまいます。Bさんの発明は、Aさんの発明を利用しているからです。だからBさんは、Aさんの許可(ライセンス)がないと、自分の発明を実施できません。
【図1】利用関係のイメージ。後の特許発明が先の特許発明を丸ごと含んでいる。
Aも「カバー付き」は勝手に作れない
逆に、AさんがBさんの「カバー付き消しゴム」を作ると、今度はBさんの特許を侵害します。つまり、AとBはお互いに相手の許可がないと「カバー付き消しゴム」を作れません。ふつうは話し合ってライセンスし合います(クロスライセンス)。
- 自分の特許発明が、先に出願された他人の特許発明を利用するものなら、他人の許可なく実施できない。
- 他人の意匠権・商標権とぶつかる(抵触する)場合も同じ。
- 話し合いがつかなければ、特許庁に裁定を求める道がある。
※「利用」の正確な意味、「抵触」の相手、裁定の要件などは、正確には条件があります(→レベル2・レベル3)。
LEVEL 2条文の骨格
特許権者、専用実施権者又は通常実施権者は、その特許発明がその特許出願の日前の出願に係る他人の特許発明、登録実用新案若しくは登録意匠若しくはこれに類似する意匠を利用するものであるとき、又はその特許権がその特許出願の日前の出願に係る他人の意匠権若しくは商標権と抵触するときは、業としてその特許発明の実施をすることができない。
| 部品 | 内容 |
|---|---|
| 主体 | 特許権者、専用実施権者、通常実施権者 |
| 先後 | 相手の権利が「その特許出願の日前の出願」に係るものであること(先願の他人の権利) |
| 利用(第1類型) | 自分の特許発明が、他人の特許発明・登録実用新案・登録意匠(類似意匠を含む)を利用するものであるとき |
| 抵触(第2類型) | 自分の特許権が、他人の意匠権・商標権と抵触するとき |
| 効果 | 業としてその特許発明の実施をすることができない(実施すれば相手の権利の侵害) |
〔表1〕第72条の分解。「利用」の相手には特許・実用新案・意匠、「抵触」の相手には意匠・商標が挙げられている。
| 相手の権利 | 利用 | 抵触 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 他人の特許発明 | ○ | ― | 特許どうしは「利用」のみ。同一の発明なら先願(第39条)で後願は特許されないので「抵触」は起きない |
| 他人の登録実用新案 | ○ | ― | 同上 |
| 他人の登録意匠・類似意匠 | ○ | ○ | 意匠は「利用」(意匠の構成を含む物の発明)も「抵触」(意匠権と特許権が同一物で衝突)もある |
| 他人の商標権 | ― | ○ | 立体商標と物の発明が衝突する場合など |
〔表2〕相手の権利ごとの利用・抵触の対応。
flowchart TB
A["自分の特許発明を業として実施したい"] --> B{"他人の先願の特許発明・登録実用新案・登録意匠を
『利用』するか、他人の先願の意匠権・商標権と『抵触』するか"}
B -- "いいえ" --> OK["自由に実施できる(第68条)"]
B -- "はい" --> C{"相手から実施の許諾を得たか"}
C -- "得た" --> OK2["実施できる"]
C -- "得られない" --> D["第92条の裁定を請求(協議→協議不成立→裁定)
相手は逆協議(第2項)/不成立等なら答弁期間内に逆裁定請求(第4項)"]
style OK fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
style OK2 fill:#E6F5F3,stroke:#1F8A83,color:#22303F
style D fill:#FFF3E8,stroke:#D9782D,color:#22303F
【図2】第72条の分岐図。裁定の詳細は第83条・第92条・第93条の記事で扱う。
- 先願の他人の特許発明・登録実用新案・登録意匠またはこれに類似する意匠を利用する場合、先願の他人の意匠権・商標権と抵触する場合は、業として実施できない。
- 許諾を得るか、協議不成立なら第92条の裁定。
LEVEL 3要件・例外・試験での問われ方
1. 「利用」の意味
「利用」とは、後願の特許発明を実施すると、必然的に先願の特許発明を実施することになる関係(後願発明が先願発明の構成をそっくり含み、さらに新たな要素を付加している関係)をいうと一般に解されています。典型例は、先願の物の発明に構成を付加した改良発明、先願の物を生産する方法の発明などです。
2. 先後の基準 ― 「特許出願の日前の出願」
| 場面 | 扱い |
|---|---|
| 相手の出願が自分より前 | 第72条が適用され、自分は実施できない |
| 相手の出願が自分より後 | 第72条は適用されない。相手(後願)の側が第72条で実施できない |
| 同日の出願 | 「日前」に当たらないため、第72条は適用されない(相互に実施できる) |
| 優先権主張がある場合 | 第41条第2項・第43条等により優先日を基準に判断(第72条は第41条第2項の列挙規定に含まれる) |
〔表3〕先後の判断。同日出願は第72条の対象外。
3. 他法域の対応規定
| 法 | 条文 | 内容(要旨) |
|---|---|---|
| 特許法 | 第72条 | 本記事 |
| 実用新案法 | 第17条 | 登録実用新案が先願の他人の特許発明・登録実用新案・登録意匠またはこれに類似する意匠を利用、または先願の意匠権・商標権と抵触する場合 |
| 意匠法 | 第26条 | 登録意匠またはその類似意匠による先願の登録意匠・類似意匠、特許発明・登録実用新案の利用等。著作権との抵触は出願日前に生じた著作権が対象(第1項と第2項で権利範囲を区別) |
| 商標法 | 第29条 | 指定商品・役務についての登録商標の使用が、先願の他人の特許権・実用新案権・意匠権、または商標出願日前に生じた他人の著作権・著作隣接権と抵触する場合 |
〔表4〕四法の利用・抵触規定。根拠:実用新案法第17条、意匠法第26条、商標法第29条。特許法第72条には「著作権」が挙げられていない点が比較のポイント。
4. 裁定制度との関係(第92条)
第72条で実施できない特許権者等は、相手方に通常実施権の許諾について協議を求めることができ、協議が成立しないときは特許庁長官の裁定を請求できます(第92条第1項・第3項)。相手方は逆に協議を求めることができます(第2項)。協議が成立せず又はできず、元の裁定請求がされた場合は、第84条の答弁期間内に逆裁定を請求できます(第4項)。裁定の詳細は第83条・第92条・第93条の記事で扱います。
5. 試験での問われ方
| 試験種別 | 問われ方の傾向 | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 短答式 | 「同日出願の他人の特許発明を利用する場合は実施できるか(できる)」「著作権との抵触は第72条か(挙げられていない)」「後願の特許権者は先願の特許権者の実施を差し止められるか(利用発明の範囲では可)」「通常実施権者にも第72条は適用されるか(される)」 | 〔表1〕〔表3〕〔表4〕 |
| 論文式 | 改良発明の事例で、双方の実施の可否と裁定の流れを論じさせる | 【図2】 |
| 口述 | 「第72条の利用と抵触の相手を挙げよ」 | 〔表2〕 |
〔表5〕試験での問われ方の整理。傾向の記述は本記事作成者の整理であり、出題を保証するものではありません。
- 利用=後願発明の実施が必然的に先願発明の実施を含む関係。相手は特許・実用新案・意匠。抵触の相手は意匠・商標(著作権は含まない)。
- 基準は出願日の先後(同日は対象外、優先日は考慮)。
- 実施できない場合は許諾または第92条の裁定。相手も逆裁定を請求できる。
