小学生でも分かる特許法 / A. 特許要件・発明 #8
会社の研究者が仕事の中でした発明を「職務発明」といいます。特許を受ける権利はもともと発明者のものですが、あらかじめ決めておけば会社のものにできます。そのかわり発明者は「相当の利益」を受ける権利を持ちます。第35条は、このバランスを7つの項で定めています。
LEVEL 1イメージでつかむ
会社で生まれた発明は、だれのもの?
ある会社の研究員が、会社の実験室で、会社の材料を使って、会社から給料をもらいながら、新しい発明をしました。この発明は、研究員のものでしょうか、会社のものでしょうか。
「考えたのは研究員だから研究員のもの」とも言えるし、「材料も時間も会社が出したから会社のもの」とも言えます。どちらも一理あります。そこで特許法は、両方に配慮したルールを作りました。
【図1】職務発明をめぐる会社と社員の関係。権利は会社へ、お金は社員へ、という交換。
ルール①:会社は「タダで使える」
職務発明について、社員が自分で特許をとった場合でも、会社はその発明を使うことができます(通常実施権)。材料も時間も出したのに使えないのでは、会社があまりに気の毒だからです。
ルール②:あらかじめ決めておけば、会社のものにできる
会社は、就業規則や契約で「職務発明の特許を受ける権利は会社のものにする」とあらかじめ決めておくことができます。そうすると、発明が生まれた瞬間から、権利は会社のものになります。
ルール③:そのかわり、社員は「相当の利益」をもらえる
権利を会社にわたした社員は、そのかわりに相当の利益(お金や、それ以外の経済的な利益)を受ける権利を持ちます。会社が勝手に決めた少ない金額でごまかすことがないように、決め方のルール(協議・開示・意見聴取)も法律で決まっています。
- 会社の仕事でした発明=職務発明。会社は何も決めていなくても無料で使える。
- あらかじめ決めておけば、特許を受ける権利を最初から会社のものにできる。
- そのかわり社員は相当の利益をもらえる。決め方には手続のルールがある。
※職務発明かどうかの3つの条件、職務発明でない発明の扱い、「不合理」の判断などは、正確には条件があります(→レベル2・レベル3)。
LEVEL 2条文の骨格
7つの項の役割
| 項 | 役割 | 内容(要旨) |
|---|---|---|
| 第1項 | 定義+使用者の通常実施権 | 職務発明=従業者等がした発明で、①その性質上使用者等の業務範囲に属し、②発明をするに至った行為が従業者等の現在または過去の職務に属するもの。職務発明について従業者等(または承継人)が特許を受けたときは、使用者等は通常実施権を有する |
| 第2項 | 予約承継の制限 | 職務発明以外の発明について、あらかじめ使用者等に権利を取得・承継させたり専用実施権等を設定させたりする契約・勤務規則等の条項は無効 |
| 第3項 | 原始使用者帰属 | 職務発明について、契約・勤務規則等であらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その権利は発生した時から使用者等に帰属する |
| 第4項 | 相当の利益を受ける権利 | 従業者等は、契約等により職務発明について使用者等に権利を取得・承継させ、または専用実施権(仮専用実施権から移行したものを含む)を設定したときは、相当の金銭その他の経済上の利益(相当の利益)を受ける権利を有する |
| 第5項 | 不合理性の判断 | 契約等で相当の利益を定める場合、基準策定時の協議の状況、基準の開示の状況、内容決定時の意見の聴取の状況等を考慮して、その定めにより利益を与えることが不合理と認められるものであってはならない |
| 第6項 | 指針 | 経済産業大臣は、産業構造審議会の意見を聴いて、第5項の考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め公表する |
| 第7項 | 定めがない・不合理な場合 | 相当の利益の定めがない場合、または定めが不合理な場合は、発明により使用者等が受けるべき利益の額、使用者等の負担・貢献・従業者等の処遇その他の事情を考慮して定める |
〔表1〕第35条の項ごとの内容(e-Gov法令検索、2026年9月参照、要旨)。
条文を読む ― 第1項(職務発明の定義)
使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。
flowchart TB
A["従業者等がした発明"] --> Q1{"その性質上、使用者等の
業務範囲に属するか"}
Q1 -- "属さない" --> F["自由発明
(予約承継の定めは無効:第2項)"]
Q1 -- "属する" --> Q2{"発明をするに至った行為が、
従業者等の現在または過去の
職務に属するか"}
Q2 -- "属さない" --> G["業務発明
(業務範囲内だが職務外。予約承継の定めは無効:第2項)"]
Q2 -- "属する" --> J["職務発明
使用者等は通常実施権(第1項)
あらかじめ定めれば原始使用者帰属(第3項)
従業者等は相当の利益(第4項)"]
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style F fill:#FFF3E8,stroke:#D9782D,color:#22303F
style G fill:#FFF3E8,stroke:#D9782D,color:#22303F
【図2】職務発明の判定の分岐図。「自由発明」「業務発明」という呼称は講学上のもので、条文上の用語ではない。
- 職務発明=①使用者等の業務範囲に属し、②発明行為が従業者等の現在・過去の職務に属する発明。使用者等は法定の通常実施権(第1項)。
- 職務発明以外の発明の予約承継条項は無効(第2項)。職務発明は、あらかじめ定めれば発生時から使用者等に帰属(第3項)。
- 従業者等は相当の利益を受ける権利(第4項)。定めの不合理性は手続(協議・開示・意見聴取)で判断(第5項)。指針(第6項)。定めがない・不合理なら諸事情で決める(第7項)。
LEVEL 3要件・例外・試験での問われ方
1. 平成27年改正 ― 何が変わったか
| 改正前(〜平成28年3月31日) | 現行(平成28年4月1日〜) | |
|---|---|---|
| 権利の帰属 | 特許を受ける権利は発明者(従業者等)に発生し、契約等により使用者等が承継する | あらかじめ定めれば、発生した時から使用者等に帰属する(原始使用者帰属、第3項)。定めがなければ従来どおり従業者等に発生 |
| 対価 | 「相当の対価」(金銭) | 「相当の金銭その他の経済上の利益」(相当の利益、第4項)。金銭以外(留学機会、ストックオプション等)も可 |
| 不合理性の判断 | 旧第4項(協議・開示・意見聴取) | 第5項に引き継ぎ、指針(第6項)を新設 |
〔表2〕平成27年改正の要点。
2. 権利の帰属パターン
| 契約・勤務規則等の定め | 特許を受ける権利 | 使用者等の地位 | 従業者等の権利 |
|---|---|---|---|
| あらかじめ使用者等に取得させる定めがある | 発生時から使用者等に帰属(第3項) | 特許を受ける権利者・特許権者 | 相当の利益(第4項) |
| 使用者等に承継させる定めがある(発生後に承継) | 従業者等に発生→使用者等が承継 | 承継人として特許権者 | 相当の利益(第4項) |
| 使用者等のため専用実施権(仮専用実施権)を設定する定めがある | 従業者等 | 専用実施権者 | 相当の利益(第4項) |
| 定めがない | 従業者等(発明者) | 法定通常実施権(第1項)、無償 | 自ら特許を受けられる。相当の利益の請求権は生じない |
〔表3〕定めの有無・内容による帰属のパターン。
3. 第5項の「不合理」の判断 ― 手続重視
flowchart TB
A["契約・勤務規則等に相当の利益の定めがある"] --> B{"次の状況等を考慮して
『不合理』と認められるか(第5項)"}
B --> B1["① 基準の策定に際しての
使用者等と従業者等の協議の状況"]
B --> B2["② 策定された基準の開示の状況"]
B --> B3["③ 相当の利益の内容の決定について
従業者等からの意見の聴取の状況"]
B1 --> C{"総合判断"}
B2 --> C
B3 --> C
C -- "不合理でない" --> D["定めたところによる相当の利益を与える"]
C -- "不合理" --> E["第7項:使用者等が受けるべき利益の額、
使用者等の負担・貢献、従業者等の処遇
その他の事情を考慮して定める"]
F["定めがない"] --> E
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style E fill:#FFF3E8,stroke:#D9782D,color:#22303F
【図3】第5項・第7項の分岐図。「不合理」は手続の状況を中心に判断する。
4. 「使用者等」「従業者等」の範囲
| 用語 | 含まれるもの(第1項の定義) | 注意 |
|---|---|---|
| 使用者等 | 使用者、法人、国、地方公共団体 | 個人事業主も「使用者」 |
| 従業者等 | 従業者、法人の役員、国家公務員、地方公務員 | 役員も含む。派遣・出向という名称だけで決めず、当該使用者との関係と職務発明の全要件を判断 |
| 「現在又は過去の職務」 | 発明時点の職務だけでなく、過去の職務に属する行為による発明も含む | 同じ使用者の下での社内異動前の職務を含む。退職後に完成した発明が当然に元勤務先の職務発明となるわけではない |
〔表4〕主体と職務の範囲。
5. 共同発明・共同出願との関係
職務発明が共同発明である場合、各発明者について職務発明かどうかを個別に判断します。他社の従業者と共同で発明した場合、それぞれの使用者等が第1項の通常実施権や第3項の原始帰属を主張することになり、特許を受ける権利の共有(第33条第3項、第38条)の問題が生じます。
6. 試験での問われ方
| 試験種別 | 問われ方の傾向 | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 短答式 | 「職務発明でない発明の予約承継条項は有効か(無効)」「定めがない場合の使用者の地位(通常実施権)」「相当の利益は金銭に限るか(限らない)」「不合理の判断要素」「役員は従業者等か(含む)」「原始使用者帰属の要件」 | 〔表1〕〔表3〕【図3】 |
| 論文式 | 事例で、発明が職務発明に当たるか、権利の帰属、相当の利益の請求の可否を論じさせる | 【図2】の3要件→〔表3〕の帰属→【図3】の不合理性、の順で書く |
| 口述 | 「職務発明の定義を述べよ」「使用者等が有する権利は」 | 第1項を原文で |
〔表5〕試験での問われ方の整理。傾向の記述は本記事作成者の整理であり、出題を保証するものではありません。
- 職務発明の3要件(従業者等/業務範囲/現在または過去の職務)。該当しなければ予約承継条項は無効(第2項)。
- 平成27年改正で原始使用者帰属(第3項)と「相当の利益」(金銭以外も可、第4項)を導入。指針(第6項)。
- 不合理性は協議・開示・意見聴取の手続で判断(第5項)。不合理・定めなしなら第7項の諸事情で決める。
- 定めがなくても使用者等は無償の法定通常実施権(第1項)。
